福岡家庭裁判所 昭和43年(家)1360号 審判
申立人 畑野洋子(仮名)
相手方 畑野耕造(仮名)
主文
相手方は申立人に対し金九七七、〇〇〇円を直ちに、および、昭和四五年一二月一日以降申立人と相手方の別居解消または婚姻解消に至るまで毎月金四〇、八〇〇円をいずれも申立人住所に持参もしくは送金して支払え。
理由
一 申立人の申立趣旨および申立の実情
1 申立趣旨
「相手方は申立人に対し、申立人および長女恵子ならびに長男秀夫の生活費として、毎月金三〇、〇〇〇円宛および賞与の半額を支払え。」との審判を求めるものである。
2 申立の実情
「申立人と相手方とは、昭和三四年一二月一二日婚姻したものであるが、相手方は、昭和四二年頃より女性関係が絶えず、同年二月頃申立人と別居してからは生活費を渡さず、歩み寄る意思もないので、本申立におよぶ。」というのである。
二 事件の経緯
本件記録によると、申立人と相手方との間の紛争の経緯は次のとおりであることが認められる。
申立人は、昭和四三年三月二七日当裁判所に対し相手方との離婚を求める調停申立(当庁昭和四三年家(イ)第一五一号)をしたが、申立人の離婚の意思が変り、同年五月三〇日右調停は不成立に帰したこと、申立人は同年六月六日当裁判所に対し、相手方が申立人に対して婚姻関係の円満調整および婚姻から生ずる費用の分担金として毎月三〇、〇〇〇円および賞与の半分を支払うことを求める調停申立(当庁昭和四三年家(イ)第二六三号)をなしたのであるが、相手方は、申立人が勝手に家出をしたのであるから離婚しない限り金銭の支払する意思がない旨主張し、右調停も同年一一月二一日当事者間に合意成立の見込みがないとして不成立に帰して同日審判に移行し(当庁昭和四三年家第一、三六〇号)、その後昭和四四年四月一〇日に調停に回付され当庁調停委員会において五回調停を試みたが当事者間に合意成立の見込みがないとして同年一一月一三日調停手続を終結したので、本件は審判手続に移行したものである。
三 当裁判所の判断
(一) 本件記録添付の戸籍謄本、当裁判所調査官宮村孝、同大島恵各作成の各調査報告書、申立人および相手方に対する各審問の結果帝国秘密探偵社作成の調査報告書、斎藤茂三郎作成の事実調査方依頼についての回答書、同作成の給与証明書、○○○○協会作成の給与明細書(当庁昭和四五年一〇月一七日受付第九七四号)によれば次の事実が認められる。
(1) 申立人と相手方とは、相手方の友人の紹介により一年位交際した後昭和三四年二月一五日同棲に入り、同年一二月一二日婚姻届出を了し、昭和三七年一〇月一九日長女恵子を、昭和三九年六月一一日長男秀夫を儲けたこと
(2) 相手方は、結婚後三年位してから残業、友人との交際などで帰宅時間が遅くなり、昭和四〇年一二月頃から昭和四一年一二月頃まで有夫の女性某と情交関係をもつた外、昭和四二年春頃から他の女性某とも親しく交際するなどし、一方申立人も相手方の非を責めたことから夫婦仲が次第に円満を欠き、昭和四三年二月一二日親族集つての会合で調整を試みてもらつたが合意に達しなかつたため、申立人は当分別居の決意で相手方に相談せずに子供二人を伴つて実母の許に戻り、相手方も同年三月一九日肩書住所にある実母の許に戻つて以来両者は別居状態になつたこと、その後の申立人と相手方の紛争の経緯は前記のとおりであるが、現在まで、申立人は母の営む食料品小売業を手伝い相手方は母、祖母、弟、妹と同居し、両者は子供二人の相談などでまれに接触があるのみで、双方実家に戻つての別居生活が固定化し、夫婦生活は事実上断絶するに至つていること
(3) 申立人は上記婚姻費用分担の調停申立時より相手方との同居を望んでいるが、相手方は、申立人がかねて相手方の世話にならない旨公言していたことや、上記別居後申立人の兄が相手方をその勤務先で中傷したことなどで感情を害し、申立人の兄の謝罪や申立人の反省のない限り同居にも応じない旨主張し、双方和合についての積極的努力はしないまま現在に至つていること
(4) 申立人は肩書住所地の母方に長女、長男と共に同居し、給料等は得ていないが母の営む食料品小売店を常時手伝い、申立人および子供二名の生活費は母が一切負担していること、相手方は肩書住所地に母(新聞集金人)、祖母、弟(会社員)、妹(事務員)と共に居住し、○○○○○○支局に自動車運転手として勤務して別表一収入一覧どおり、給料、賞与支給総額から諸税、社会保険料等法定控除額を差引いて一ヵ月平均昭和四三年度は八一、七七二円昭和四四年度は八九、四九七円、昭和四五年度は一〇二、三一二円の収入を得ていること、なお相手方は上記婚姻費用分担申立以降申立人に対し生活費として、
昭和四三年一二月二九日 二〇、〇〇〇円
〃 四四年 四月 一〇、〇〇〇円
〃 四四年一二月 一〇、〇〇〇円
〃 四五年 五月 五、〇〇〇円
〃 四五年 七月 一〇、〇〇〇円
〃 四五年 八月 一二、〇〇〇円
〃 四五年一〇月二〇日 五、〇〇〇円
を支払つていること
(二) 以上認定の事実によれば、申立人には、相手方との和合の努力をせずに独断で同居先から母の許に戻りもつて別居の発端を作り、また早急に離婚の決意をして離婚調停を申立てるなど本件別居、婚姻の破綻につき責件はあるにしても、右別居、婚姻の破綻は主として相手方の不貞行為などの所為に起因するとみるべきであり、申立人の意思に反するものであつて、かつ申立人と相手方との間は依然婚姻関係が継続しているのであるから、相手方としては申立人および同人と同居している未成年の子である長女恵子、長男秀夫のため、同人らが相手方の収入に応じた相当の生活程度を維持し得るよう、それに必要な生活費を支払うべき義務があることは明らかである。
(三) 次に相手方が申立人母子の生活費として支払うべき義務のある金額について考察する。
(1) 申立人の生活費分担能力
申立人は無職、無収入であるが、上記のとおり母の家業である食料品販売業を常時手伝つており、その代わり子供二名と共に母に扶養されているのであつて、このような場合申立人については、無職無収入とみるより家族従事者としてその稼働によつて相当の収入を得ている者と評価するのが相当である。
そして申立人の右収入相当額については、別紙資料七の(イ)ないし(ハ)に、当地における小規模小売業の家族従事者が受けている常識的賃金収入を併せ考えると昭和四四年度につき一ヵ月一五、〇〇〇円程度とみるのが相当である。
(2) 申立人母子の標準生計費および同標準生計費に対する申立人の収入相当額の比率(充足率)ならびに申立人母子の標準生計費不足額
内関総理府統計局の消費単位(別紙資料一)、同実質家計費指数および消費者物価指数(同二)、昭和四三年平均消費者物価地域差指数(同三)、東京都における世帯人員別標準生計費(同四)によれば、申立人母子、相手方の居住する北九州市における世帯人員別標準生計費は別紙資料五記載のとおりであり、従つて申立人の上記昭和四四年度における収入相当額の標準生計費に対する充足率(標準生計費に対する生活水準)は15,000/51,200 = 0.3で三〇%となる。そして、他年度における申立人の収入相当額は、各年度における申立人母子の標準生活費に上記充足率三〇%を乗じた額とみるのが相当であり、この額は別表二のとおりとなる。
(3) 相手方の収入基準額
相手方は上記のとおり昭和四三年一月以降昭和四五年一〇月までの間において別表一記載のとおりの収入を得ているものであるが、相手方は自動車運転手として○○○○○○支局に勤務しており、このような職業に従事する為に必要な経費として一ヵ月当りの収入(上記のとおり法定控除額を差引いた実収)の一五%を収入より控除するのが相当と認める。そうすると上記職業上の経費を控除した後の相手方の月額平均収入額(以下相手方の収入基準額という)は別表三記載のとおりとなる。
なお、相手方は、祖母、母、弟、妹と同居していることは上記のとおりであるけれども、相手方の母、弟妹は上記のとおり有職者であり、従つて相手方においてこれらの家族を扶養しているものとして本件算定に考慮するのは相当ではない。また相手方に対する審問の結果、上掲調査官の調査報告書、斎藤茂三郎作成の徴収証明書によれば、相手方は負債があることが認められるけれどもその大半は別居後に生じたものであるし、また負債の内容からみて上記職業上の経費に該当するとみて差支えないと認めるので本件算定上別個に参酌しない。
(4) 相手方の収入基準額の配分
ところで、相手方の収入基準額と北九州市における世帯員四名の標準生計費(資料五)とを比較すると、別表五記載のように何れの年度においても相手方の収入基準額は標準生計費を上廻つていることが認められ、そこで相手方の収入基準額につき、内関総理府統計局(資料六)の消費単位によつて相手方および申立人母子への配分額を算定すると、申立人母子に配分される額および、その額より申立人の上記収入相当額を差引いた額(以下申立人母子に配分されるべき額という)は別表四記載のとおりとなる。
(5) 以上の検討の結果、昭和四三年六月以降昭和四五年一〇月までの間における上記(4)記載の「相手方の収入基準額につき消費単位によつて申立人母子に配分されるべき額」の合計額一、〇〇八、二〇〇円と上記(2)記載の「申立人母子の標準生計費不足額」の合計額一、〇〇六、一〇〇円との差をみるに、この差は僅少であり「相手方の収入基準額につき消費単位によつて申立人母子に配分されるべき額」をもつて相手方の申立人母子に対する婚姻費用分担額と認めるのが相当である。
(6) そうすると、相手方は申立人に対し、婚姻を継続して別居する期間中である。
(イ) 本件申立の月である昭和四三年六月から同年一二月まで、毎月三一、〇〇〇円宛計二一七、〇〇〇円のうち、既に支払済の二〇、〇〇〇円を控除した残一九七、〇〇〇円
(ロ) 同じく昭和四四年一月から同年四月まで毎月三二、八〇〇円宛計一三一、二〇〇円、同じく同年五月から同年一二月まで毎月三一、一〇〇円宛計二四八、八〇〇円、以上小計三八〇、〇〇〇円から既に支払済の二〇、〇〇〇円を控除した残三六〇、〇〇〇円を
(ハ) 昭和四五年一月から同年四月まで毎月四一、六〇〇円宛計一六六、四〇〇円、同年五月から同年一一月まで毎月四〇、八〇〇宛円宛計二八五、六〇〇円以上小計四五二、〇〇〇円から既に支払済の三二、〇〇〇円を控除した残四二〇、〇〇〇円の総計九七七、〇〇〇円いずれも即時に、並びに昭和四五年一二月一日から婚姻を継続して別居する期間中毎月末日までに四〇、八〇〇円宛を支払うべき義務があるというべきである。
四 よつて主文のとおり審判する。
なお、この審判は将来当事者間に事情の変更があれば当裁判所に変更の申立をなし得るものである。
(家事審判官 武田多喜子)
資料一
内閣統計局の消費単位
年齢
男子
女子
0~1歳
2~4
5~7
8~10
11~14
15~20
21歳以上
0.3
0.4
0.5
0.7
0.8
0.9
1.0
0.3
0.4
0.5
0.7
0.8
0.9
0.9
この表は労務行政研究所発行「全国都市別標準生計費昭和45年度版」44頁第32表に掲げられたものである。
資料二
実質家計費指数及び消費者物価指数
年月
全国総合
家計費指数
物価指数
昭和40年平均
〃41〃
〃42〃
〃43〃
〃44〃
100
104.5
110.6
115.1
120.5
100
105.1
109.3
115.1
119.8
上記の指数を平均してみれば
家計費指数では年間0.051物価指数では年間0.049の上昇率を示していることから年間上昇率を5%とみる
この表は労務行政研究所発行「全国都市別標準生計費昭和45年度版」54頁第4表及び39頁第24表にそれぞれ掲げられたものである。
資料三
昭和43年平均消費者物価地域差指数
都市
総合指数
東京都(区部)
北九州市
100
91.4
この表は労務行政研究所発行「全国都市別標準生計費昭和45年度版」235頁(付8-4)表に掲げられたものである
資料四
東京都における世帯人員別標準生計費(食料費、住居光熱費、被服費、雑費の合計金額を表示する)
年月\世帯人員別
1人
2人
3人
4人
5人
S43.5
円
21,270
円
37,610
円
49,850
円
60,040
円
68,090
S44.5
24,450
42,250
56,050
67,880
77,740
この表は労務行政研究所発行「全国都市別標準生計費昭和44年度版86頁及び昭和45年度版109頁に掲げられたものである。
資料五
北九州市における世帯人員別標準生計費(用いた尺度第2.第3.第4表 金額は100円未満4捨5入)
年月\算式世帯人員別
算式
1人
2人
3人
4人
5人
S43.5
東京都標準生計費×北九州市地域差指数/東京都地域差指数
円
19,400
円
34,400
円
45,600
円
54,900
円
62,000
S44.5
同上
22,300
38,600
51,200
62,000
70,700
S45.5
同上×100+(物価上昇率)/100
23,900
40,500
53,800
65,100
74,300
⑮ 資料六
年度
相手方
申立人
長女
長男
小計
合計
S43
1.0
0.9
0.5
0.4
1.8
2.8
S44
1.0
0.9
0.5
0.5
1.9
2.9
S45
1.0
0.9
0.5
0.5
1.9
2.9
労動大臣官房統計調杳部昭和44年賃金構造基本統計調杳報告による。
年齢別・階級別勤続年数別きまつて支給する現金支給額及び所定内給与額
資料七の(イ)
小売業 女子労働者 学歴中卒
勤続年数
年齢
0年
1年
2年
3~4年
25~30歳
単位千円
22.8(22.5)
単位千円
25.3(25.1)
単円千円
25.7(25.1)
単位千円
29.2(28.6)
31~34
15.6(15.5)
29.4(27.1)
25.2(24.6)
26.5(25.8)
資料七の(ロ)
職種及び経験年数、階級別、きまつて支給する現金支給額及び(所定内給与額)企業経営企規10人~99人までの卸小売業女子労働者中卒
年齢35.3歳勤続年数15.3年実働時間231時間、現金支給額31,600円(29,000円)
20.9歳 0.5年 212時間 〃 21,600円(21,000円)
資料七の(ハ)
都道府県別新規学卒初任給 福岡県の卸小売業中卒女の場合 20,100円
別表一
収入一覧
月
S43年度
S44年度
S45年度
金額
備考
金額
備考
金額
備考
1
54,053円
62,156円
64,682円
給与の本年度9ヵ月間の平均収入
649,878円÷9=72,208円
S45.12.賞与は未定であるが、前年及び前々年の実績は前期分150/100の程度であることから推定額を
144,500円×150/100=216,750円とみる
月間賞与平均額は
(144,500円+216,750円)÷12月=30,104円とみる
2
55,434
55,995
59,461
3
67,309
58,001
63,321
4
57,758
65,718
72,350
5
73,300
69,715
74,963
6
57,570
63,944
80,833
7
69,143
66,555
79,383
8
61,725
68,192
80,819
9
62,460
67,751
74,066
10
60,262
72,508
11
60,021
61,788
12
52,240
56,258
6
賞与
100,000
119,500
144,500
12
賞与
150,000
185,890
総額
月間平均収入額
(S43年)
981,275円
81,772円
(S44年)
1,073,971円
89,497円
(S45年)
102,312円
別表二
年月
標準生計費3人
右の充足率
充足率による金額
不足する金額
S43.5
45,600円
30/100
13,700円
31,900円
44.5
51,200
〃
15,400
35,800
45.5
53,800
〃
16,200
37,600
別表三
年度\
相手方の月額平均収入額
必要経費相当額
相手方の収入基準額
S43
円
81,772
円
12,226
円
69,500
44
89,497
13,325
76,172
45
102,312
15,347
86,975
別表四
年度
相手方の収入基準額
相手方の配分額
(消費単位による)
申立人母子の配分額
(消費単位による)
申立人の収入相当額
申立人母子に配分される相当額
S43
円
69,506
円
1.0/2.8 24,823
円
1.8/2.8 44,683
円
13,700
円
30,983
100円未満4捨5入 円
31,000
S44.1~4
S44.5~12
76,172
1.0/2.9 29,714
1.9/2.9 46,458
13,700
15,400
32,758
31,058
32,800
31,100
S45.1~4
S45.5以降
86,975
1.0/2.9 29,991
1.9/2.9 56,984
15,400
16,200
41,584
40,784
41,600
40,800
別表五
年度
相手方の収入基準額
標準生計費4人北九州
生活の水準
S43
円
69,506
円
54,900
1.266
S44.1~44.4
S44.5~44.12
76,172
54,900
62,000
1.382
1.229
S45.1~45.4
S45.5以降
86,975
62,000
65,100
1.402
1.335